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2013年1月28日 (月)

西田哲学

日本を代表する哲学者、 西田幾多郎(にしだ きたろう、

1870年6月17日(明治3年5月19日) - 1945年(昭和20年)6月7日)。
 
西田幾多郎が晩年に残した言葉・・・
 
古来武力のみにて
栄えた国はありませぬ
 
永遠に栄える国は
立派な道徳と文化とが 
根底とならねばなりませぬ
 
我国民今や
実に此の根底から
大転換をやらねばならぬ時では
ないでしょうか
 
(NHK Eテレ 日本人は何を考えてきたのか)
 

まさに現在も、此の大転換が必要な時ではないだろうか?
 
また、武力に走ろうという政治家。
道徳や文化がおざなりとなっている国民。
まさに大転換が迫られてきているように思う。
 
Eテレで、この西田幾多郎や般若心経の番組を見ていて、
西田哲学や般若心経そして唯識が、根底で繋がっていることを
感じた。
 
これらを問うことを時代が要求しているのかもしれない・・・・
 
 
 
Pc260118


 

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コメント

力は正義である。(Might is right).
山門に立つ荒々しい仁王像は、仏法の守護神である。これは日本人の常識。
仁王立ちの態度は、「ようこそ、いらっしゃいませ」ではない。
自己の正義を実現させるためには、自己の力を顕示しなくてはならないことを示している。

友愛の海の正義は、第七艦隊の力 (現実対応策) により裏付けられていなくてはならない。
自前の力を示せば、さらに神通力をます。
そうでなければ、友愛の海 (理想) は絵空事 (空論) になる。
力を無視した振る舞いは、伝統的な 'まつりごと' ・'歌詠み' のようなものか。

日下公人氏は、自著<よく考えてみると、日本の未来はこうなります。> の中で、日本人に関するW.チャーチルの感想を以下のごとく紹介しています。

日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。しかし、これでは困る。反論する相手をねじ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それができない。
 それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は、今まで以上の要求をしろと言う。無理を承知で要求してみると、今度は笑みを浮かべていた日本人が全く別人の顔になって、「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことを言うとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては、刺し違えるしかない」と言って突っかかってくる。
 英国はその後マレー半島沖で戦艦プリンスオブウェールズとレパルスを日本軍に撃沈され、シンガポールを失った。日本にこれほどの力があったなら、もっと早く発言して欲しかった。
 日本人は外交を知らない。(引用終り)


http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/

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